個室ビデオ店放火で15人死亡。10月1日午前3時頃、大阪市浪速区の個室エッチビデオ店「試写室キャッツなんば店」で家事が発生し15人が死亡、10人がけがをした。
逮捕された東大阪市の無職、小川和弘容疑者(46)は、「生きていくのがイヤになり、キャリーバッグの荷物などにライターで火をつけた」と供述。
自宅近所をパンツ一丁で徘徊するなど、日頃から奇行が目立ったという。
「男の問題点は、想像力を欠いていることだった」
最近出版されたジャック・ロンドンの小説「火を熾す」(柴田元幸訳)の一節だが、大阪の個室エッチビデオ店放火容疑者にも当てはまる。
結末は小説とは逆転して後味が悪い。愚か以下のものだ。
『火を熾す』の主人公は、零下50度のアラスカ・ユーコン川で火を熾し損ねて自分が死んでしまうが、放火容疑者はあまりにも容易に火を熾し、15人の生命を奪ってしまう。
想像力が足りないという意味を、ロンドンは次のように述べている。
「人生の諸事を処する上では迅速であり抜かりなかったが、あくまでそれは具体的な事項に関してであって、それらの意味については頭が働かない」
小説中の男は、唾の落ちるパチンという音で気温の尋常でないことを悟り、湧き水で薄くなっている氷を避け、手足を凍傷で失いながら、パニックを抑えて(パニックと対峙する術さえ知っている!)火を熾そうとする。並外れた勇気があり、極限状態でサバイバルする知恵もある。
ロンドンの言う「想像力」は簡単だ。人間が生存できないような寒い場所を一人で歩くな。
大阪、なんばの街を歩いて、ここは小川和弘容疑者(46)のユーコン川だと感じた。新大阪駅からまっすぐ南へ御堂筋線に乗って15分のところになんば駅がある。
阪神優勝で人が飛び込む道頓堀川の戎橋は、なんば駅から北へ200m。南へ200m行くと、「スイスホテル南海大阪」という3つも名前を重ねたややこしいホテル。
地上147mの高級ホテルを通り抜けた南に、大阪球場跡地を再開発した「なんばパークス」が誕生した。
「未来都市なにわ新都」という大仰な名の、目も眩む流行の商店が並んでいる。まさに楽園だ。
中にJRAウインズもある。小川容疑者が「試写室キャッツなんば店」を訪れたのは、ここに場外馬券場があったからだ。
目も眩む「なんばパークス」から阪神高速道路高架下をくぐると、キャベツ焼き屋があった。鉄板で、広島風お好み焼きを小さくしたような「キャベツ焼き」を焼いている。1枚130円。
これを一人で3枚ぺろりといく奴もいて、一日の売り上げが何十万円になることも珍しくない近年の大阪名物である。
目も眩む巨大施設の足下に、疲弊した極寒の大阪がある。極寒と気づかせない気安さで。
高架から奥へ50mほどで、青いビニールシートに隠された現場。献花台を報道のカメラが囲む。
私がいた1時間に、30歳前後の女性が手を合わせ、野球帽をかぶった白髪の男性が花を捧げたあと、目をぬぐった。
だが、小さい。7人が亡くなった今年6月の秋葉原無差別殺傷事件で、献花台は49日目にようやく撤去された。同じ大阪で'01年、8人の児童が亡くなった池田小学校では、10m以上にわたって花束が山と置かれた。
献花台の寂しさが事件の性質を物語っている。亡くなった15人の遺族はほとんどが氏名の公表を拒んだ。
命に軽重はないと言いながら、個室エッチビデオ店への同情はそれ相応のものでしかない。
しかし、大阪で約50店ある個室エッチビデオ店は業態を変え、1時間1000円の風俗から、一晩1500円の宿泊施設に変わっていた。
ここが危険だと思った客はいない。宿泊施設では当然の2方向へ避難できる廊下や警報装置が不備だとしても、まさか火事で殺されることはあるまい。
いや、火災への「想像力」がそもそもない。ところが、ソファの合成繊維やエッチビデオケースなど燃えやすいものは山とあり、不完全燃焼で一酸化炭素を生む。無味無臭。大気中わずか0.01%で死亡し、死亡した人は何が起きたかもわからない。裏口駐車場にある窓さえ石膏ボードで塞がれていた。
ヘッドフォンをかけて映像を見ている客には警報音が聞こえない。園上、火災警報器のスイッチを、ビル6階に住む防災管理者(77)は、誤作動が多いという理由ですぐに切ってしまった。
火を付けた小川容疑者は、ここがこんなにも人を殺しやすい絶望的な場所だとは考えもしなかった。ヤケになって火を放った。
容疑者はギャンブルで借金まみれ。自暴自棄と説明された。家を売り、さらに知人に借りようとして断られ、偽名も作った。
だが、それは小説で言えば、最後にたき火の場所を誤って、樹から雪が落ちたために、最後の火を消したとどめの事故にすぎない。
小川容疑者は高卒で大手電機メーカーに就職し、社内結婚し、'90年に3階建ての新居を購入した。
息子とキャッチボールし、母も訪れる幸福の日々。だが、バブルが崩壊した最中。資産価値はみるみる下がった。
それでもこつこつと働いてローンを返す。一家4人の生活は数年で崩壊し、息子と2人暮らし。'01年に会社も退社し、交通整理のガードマンをしていたが、競馬とパチンコにはまった。
日本は'97年から経済政策に失敗し、銀行の貸し渋り、貸しはがしが企業を直撃する。
不運に見舞われても、小川容疑者は「人生の諸事を処する上では迅速であり抜かりなかった」のだ。
目先が利いたから大手メーカーに入り家も買った。転落の原因になるギャンブルでも、ときに儲けた。
エッチビデオ店を訪れたときの、黒っぽいスーツにキャリーバッグというビジネスマン風の出で立ちが彼のプライドを表している。
午後1時10分頃、常連の露天商(46)と現れ、お目当てのエッチ女優が出ているDVDを見つけて部屋へ入り、1時間半後、下着姿で廊下を歩いていた。そのとき、18号室ではバッグから炎が上がっていた。
「水をくれ。火が出ている。やばい」と従業員に言った。
極寒ではないが、この日本が生んだ経済的極寒の、最も手薄な場所で小川は火を熾した。人並み以上にやれる自分がつまずいた。家族はいない。仕事はない。やりなおしは利かない。腹が立った。死ぬ気だったろう。
だが、まさか15人もの命を奪うとは思いも寄らなかった、日本がこれほど生きにくい場所だったとは、誰にも想像できるはずがない。